生活と文化の総合センター

 「アート農園」は、美術・工芸・デザイン・ファッションはもちろんのこと、音楽やスポーツにいたるまで、生活全般に関わる様々な活動の中から「心の栄養」という成果物を収穫し、それを糧に豊かな文化生活の提案をしていきます。
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NPO法人資産相談センター主催公開セミナー参加報告

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー ●「アート農園とは・・・」       講師:芝 章文
●「アートな感性で街を見たとき」    講師:小野寺優元

去る2005年6月18日に開かれたNPO法人資産相談センター主催の公開セミナーにおける講演会の模様とその折提出された小野寺氏のレジュメを掲載いたします。

「アート農園とは・・・」
                             芝 章文

ただいまご紹介頂きました私は「NPO法人アート農園」の代表をやっております芝と申します。本日は資産相談センターの公開セミナーにお招き頂きまして有り難うございます。短いあいだですが、アート農園のお話をさせて頂いて、のちほどアート農園理事の彫刻家、小野寺優元氏にバトンタッチをしたいと思います。

小野寺氏は本日「アートな感性で街を見たとき」というテーマで、アートの効用などもふくめてお話をしていただきます。後ほどよろしくお願い致します。

さてアート農園のお話ですが、アート農園って「一体何ですか?」とよく聞かれますが、私たちは別に野菜をつくったり、肥料をまいたりとか農業をやっているわけではありません。

この名前は、ドイツの「クラインガルデン」といって「小さい庭」を意味する言葉で、日本では「市民農園」と呼ばれています。

アート農園はこの言葉に由来するわけですが。アートという心の成果物を育て、収穫し、ゆたかな環境を築いていこうということで活動を進めています。

美術家がどうしてNPO活動をするようになったかということなのですが。
まず、その経緯についてすこしお話をしたいと思います。

私は作品を作る仕事をはじめて、もうかれこれ30年になりますが、 アート農園は最初、美術家を中心に結成されました。

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー 日本で美術活動をやっていくということは本当に大変なことで、それはどの分野においても同じだと思いますが、皆さんも御存知のように、誰でも成功というふうにいかないのがこの世界です。

特に純粋な作品をつくっている作家ほど、作品を売って食っていくというのが難しくて、ほとんど皆無に近いといっても過言ではありません。そんな寂しい話はさておいて・・・。

NPO法人アート農園は2001年のはじめ、前身であるMASC都市芸術実際会議(メトロ・アート・サブスト・カンファレンス)という緩やかな連携をモットーに美術家や評論家、ギャラリストなど美術関係者が集まって結成されました。いわゆるユニオンのような形を思い浮かべていただければと思います。

当時は1995年に起こった阪神大震災や地下鉄サリン事件(いわゆるオーム事件)などの社会問題がまだ生々しく残っていた頃です。
世界では91年に起こった湾岸戦争においてもそうですが、日本にかぎらず世界情勢もひっくるめて美術・芸術に関わる者はある種の無力感を感じていたように思います。

また、日常ひっきりなしに起こる、悲惨な事件や事故を横目で見ながら、一向に良くなっていかない社会状況といいますか、冷え込むのみの経済問題なども含めて、危機意識を深めていたわけです。

2005年には我国の借金は約888兆円に達するとのことですが。これは国民一人あたり約856万円、の借金となります。これに地方自治体の借金を加えると1000兆円を超えるということです。

そんな暗い社会情勢のなかで、現実問題として、美術家に何ができるのかといったことなど。つまりアートやデザインが社会にとってどのような役割を担っているのか、何が求められているのか、また美術家やその周辺の関係者に何ができるのかといったことを摸索しながら、勉強会をはじめました。
とにかく考えているだけではなくて、実際に動きながら、具体的な実践を通して現代の困難で生き難い状況を乗り越えていこうと考えたわけです。

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー そんななか、2001年11月にワールドトレードセンターのテロ事件がおこり、その後、イラク侵攻や北朝鮮問題など、ますます不安が現実へと近づいた感があります。
とはいえ、まずは自分たちの周辺の環境を見直していくということが大事だということで、しだいに美術・芸術をとりまくインフラ(下部構造基盤)の整備の必要性を考えるようになりました。

アート農園は芸術家による一方的な提案を提供するというのではなく、アート理念(生活の中に創造性豊かなアーティステックな演出をといった)を核にした住民参加の活動を演出し、またそれをサポートしながら、如何にして地域社会の活性化をはかり、アーティストが地域社会の発展の肥やしになりうるかを考えています。

つまり、現代社会という砂漠にささやかなオアシスという名の文化基盤(インフラ)を構築しながらアーティストと社会を繋いでいくということを目標にして活動をはじめたわけです。

NPO法人とは1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が成立し施行されたわけですが、民間の公益法人なんですね。

「アート農園」は、2004年10月18日に埼玉県の認可を受け、NPO法人となりました。現在会員数は80人に達します。

会員は先程も触れましたが、美術家はもとより、建築家、工芸家、写真家、イラストレーター、ギャラリー経営者、大学教員、教育研究者、美学者、美術評論家、美術館学芸員、美術雑誌編集者、アートディーラー、アートコーディネーター、イベント・プロデューサー、デザイナー、アートディレクター、音楽プロデューサー、美術愛好家、学生、など多種多様で多方面で活躍する人材を擁しています。

こういった芸術に関する総合的で専門的な知識を背景としながら地域社会に対して、芸術理念を背景とした芸術実践を提供していこうと活動を進めています。
またアートと地域振興に関わるアートプログラムを背景に、埼玉県を含め、多方面で有数のアーティストネットワークと連携しながら、様々なイベント作りや展覧会、講演会の企画・運営を展開しています。

このあとお話していただく小野寺氏も埼玉県立美術館などでC・A・F展(コンテンポラリー・アート・フェスティバル)の事務局長をされていまして、多くの現代美術展や野外展など、10数年にわたり継続して企画してこられました。

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー 先日、資産相談センターさんのセミナーに参加させた頂いたときにも触れておられましたが、2007年問題(団塊世代の退職年)といった現実も見据え、また少子高齢化社会という現実を目の当たりにして、 

このような時代にまず、地域社会のなかで人間の生きる基本である「生きがい」を見いだし、生きる目標を提供してくれるような専門機関を多くの県民が今、必要としているのではないかと考えております。

実社会において美術や芸術がもたらしてくれる恩恵は計り知れない活力と心の豊かさを与えてくれるように思うのです。

アート農園は芸術力・文化力を高めるための新たなコミュニケーション作りを通して、その可能性を探りだし、ちかい将来、県民との相互信頼のなかから、芸術・文化の確かな成果を分かち合いたいと考えています。

最後になりましたが、そういった具体的な方策として、今年の夏、8月13日(土)14日(日)埼玉県川口市の川口駅西口にある林間公園(リリアパーク)において伊豆半島や新島で産出される坑火石(コウカセキ)という軽石を素材にして埼玉県内の親子や子供達を対象に、石彫体験のワークショップを開催します。

坑火石はキューポラのある町、川口ではなじみ深い溶鉱炉の内側にも張られている軽石石材ですが、その石材を活用して県内外のアーティストを講師に迎え、夏休みの2日間公園の木陰で石器時代の人々の気持ちになって石を刻んだりしながら創ること観ることの楽しさを体験していただきたいと考えています。

またその他、小さな勾玉作りやスライム作りなど簡単な図画・工作コーナーを設け、夏休みの宿題のアイデアについて子供達の相談を受け付けたいと思っています。その他、美術・芸術に関わるあらゆる相談にも対応いたします。

将来美術の道に進みたい方、デザイナーを志している方、展覧会を開きたい方、作品の鑑定をしてもらいたい方など、県民の芸術力・文化力を高めるための専門家による相談コーナーを設け可能な限り対応いたします。これは毎年続けていきたいと考えています。

皆様のご協力ご支援をお願いいたします。参加用チラシを用意しましたので皆さん、お近くの方々にも是非お知らせ頂ければと思います。よろしくお願い致します。それではそろそろ、小野寺氏にバトンタッチしたいと思います。 小野寺氏は1950年岩手県出身の彫刻家です。

広島西部丘陵都市(A.CITY)、国営ひたち海浜公園、上福岡市コミュニティーセンター、埼玉県議会議事堂、などの他 多数作品が設置されています。 現在 東京電機大学理工学部情報社会学科講師、東京造形大学彫刻科講師の他コンテンポラリーアーティストクラブの事務局長、日本建築美術工芸協会会員、日本アイスランド協会会員など多方面で活躍しておられます。 それではよろしくお願い致します。本日は有り難うございました。


NPO法人資産相談センター主催公開セミナー 「アートな感性で街を見たとき」
                             小野寺優元
豊かな感性

 日ごろ私たちは、寒暖、目的、用途に応じ衣服を着替え暮らしていますが、衣服同様、家も身体を包む最も身近な環境としてとらえ、さらに、都市、地球、宇宙までへも環境の概念を拡大し、積極的に対応していくことが、新しい時代を迎えた今、強く求められ、「感性の時代」といわれています。
 ここで感性とは、環境の変化を敏感に感知し、対応し、自己のあり方を創造していく能力と定義すると、学校や社会で一般的に使われている感性というものと少し異なるように思え、違和感を覚える人が多いと思います。つまり、私たちが日常でいう感性とは個人的で曖昧で言葉に表しにくいものであり、一種のうしろめたさがつきまといます。それは東洋と西洋とでは感性という概念の位置づけに大きな違いがあるからです。日本人である私たちは、基本的に東洋的な感性が身体に染みついている一方、教育を通じて西洋思想の感性を深く学び、さらに西洋思想に基づいて発展してきた現代社会に暮らしています。そこで否応なく東洋の感性というものは個人的なものだから表に現さないのが現代人のたしなみだと考えている人が多いのです。
 フランスの哲学者デカルトに発する近代西洋思想では、さまざまな環境から受けた個人的な情報を、理性的合理的に処理し、どの時代、どの地域の人々をも説得できる普遍的な真理を求めることが、哲学の究極の目標とされています。その結果、西洋思想は近代科学や世界経済を発展させ、現代社会を築いてきました。すなわち、西洋思想は、感性が理性に情報を提供する単なる手投として位置づけられ、理性が感性の上位にあるのです。この理性上位主義は、個人が環境から得た情報は主観的なものであり、それに拘泥していては正しい認識の妨げになるとし、感性を軽視しました.そのため、個人的なもの、身体に密接なもの、そして人間は有限環境で生きる存在だということを見落とし、現在の地球規模の環境破壊を引き起こしてしまったのです。
 豊かな感性とは、身体を包む衣食住に関するすべての環境がもたらす情報を深く洞察し、適切に対応し、新しい価値あるものを創造していく東洋にもともとあった感性を、理性と共同させる能力です。基本的に祖先・両親から授けられたDNAに基づき造られた身体が、人生の時間軸をたどりながら、その時々の環境から得た多くの情報によって、個性が形成されていくのであり、この個人の純粋で主観的な感性こそ、最も大切にされなければなりません.その上で、他人の多くの異なる感性を認め、これらと自己の感性を相互対照・研摩しながら総合し、理性的認識を形成していけばよいのではないでしょうか。

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー もうひとつの思考

 外国人から見た日本文化の典型の一つに「茶の湯」があります。お茶は、中国から薬としてもたらされ、室町時代初期上流武家貴族の間で抹茶を点てて喫む風習として広がり、日本に定着しました。
 当時茶会の催しは、島国日本特有の舶来品羨望気質を刺激し、上流意識をかりたてるのに絶好のものだったようです。そのため、茶会には中国趣味が横溢し、天日茶碗など渡来の唐物を崇拝する風潮が支配していました。
 しかし・室町中葉、町衆層が成立し、茶会が町衆に広がると、中国趣味一色の茶会にも、由由で簡素な日本人本来の美意識が反映されるようになりました。
 信長・秀吉により天下統一が成ると、各地の戦国武将たちは、相次いで千利休によって成立した新しい茶の湯を取り入れ、国を治める戦略の中に、文化を導入していきました。茶の湯にある「侘び」という美意識は日本人特有の感性として位置づき、今日まで伝わっています。
 幸いにも、戦後日本は物質面で豊かになり、生活の基盤はできたといえます。しかしながら、地球に暮らす人類の一員として国際的な信頼を得ているとは言い難く、現在、日本はその思考に大きな変更を求められています。
 四百年前、町衆の台頭という基盤の上で、パワーの質が武力から文化カヘと移行し、また美意識が唐物偏重一辺倒から日本固有のものへと変化し、佗びという世界に類のない美意流が生まれた状況に現代社会を対照して見ると、今が新しい美意識創出の好機だといえます。
 日本の社会に分厚く覆いかぶさっている西洋文明を盲信する傾向に終止符を打ち、西洋文明には一定の価値を認めつつ文化のパートナーとして位置づけ、新しい時代に相応しい日本独自の美意識を確立すべきです。
 西洋文明の根底には、二者択一の白黒を明確にするデジタルな思考があります。一方、日本人の思考の中には、物事の中間領域のもつ意味に価値を見出だす融和思考があります。
 これは日本の豊かな自然環境の中で培われた感性に基づいており、自然と人間を対立的に考えず、自然と人間の共生の道を探るエコロジカルな思考であり、人類にとって「もうひとつの思考」として位置づけられるペきでしょう。

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー やおよろずの神

 自然と密着して暮らしていた昔の人は、あるときは命を奪い、あるときは豊かな恵みをもたらしてくれる自然の力を神と見なし、土地によって異なる自然環境の状況や季節の歳事に応じ、地域ごとに「やおよろず(八百万)の神」を祀り、畏れ敬ってきました。現代人の暮らしは、科学技術の進歩により、自然の驚威から免れる方向へと変化し、都市で暮らす人々は、自然に触れることが少なくなってしまいました。しかし、人間がどんなに自然から逃れようとしても、孫悟空のお話のように、それは所詮観音様の手のひらの上の話です。
 やおよろずの神という多様な環境神の信仰は、現代人が自然をどのように意識すべきかを示唆しています。戦後、日本社会の目標は大転換し、新しい一つの目標に向け一丸となって邁進してきました。この経済成長という山の頂上に登ってきて、たちこめる霧の中で見えるのは下り坂ばかりで、進む道もすぐには見つからないのが日本の現状です。しかし、よく目を凝らせば周囲には高い山々がいくつも連なっています。息を整えたら尾根を少し下り、新しい山を登り始めればよいことに気づきます。新しい山には別世界が広がり、見たことのない美しい花が咲いていて登るのが楽しそうです。
 これからの時代、私たちは自然の驚威をもっと謙虚に受け止め、その土地固有の環境のあり方を認識し、環境の特性に合致した暮らし方を模索していくことが必要です。
 昆虫は天敵の捕食から逃れるため、巧みな擬態や擬装の技を身につけています。この天敵の存在こそが種の多様性を促進し、おびただしい種類の虫たちを生み出したのです。生物が種の多様性を獲得しようとするのは、生殖により数を増やす戦略とともに、滅亡を防ぐための二大戦略なのです。そうすれば、生息する環境に絶滅をまねくような規模の大異変が襲っても、いくつかの種が必ず生き残り、種の再生が図られるのです。このように、人類も、多様な価値の混在する文化を築くことが、爆発的な人口増加に歯止めをかけることとともに成功すれば、真に豊かな社会が訪れるでしょう。やおよろずの神は、自然環境保全思想のあらわれであり、百人百様の暮らしを支える共通の美意識といえます。

NPO法人資産相談センター主催公開セミナー いとをかし

 豊かに暮らしている人たちの暮らしを見ても、何か落ち着かないものがあります。利便性の追求であれ、精神的昂揚であれ、人間の欲望を満たすための多くの物が身の回りに集められましたが、それら物たちに呪縛され、主導権を奪われてしまったように見えます。
 今のところ、物を所有することは悪であるという道徳的判断はありませんが、世界の先進諸国に追随して、途上国もが発展という名のもと、今ある豊かさを求めたとき、地球環境が大きく損なわれ、人類は存続の危機に直面することは自明の理といえましょう。そんななか、最近、所有することへの疑問が生じ、所有しない暮らしを模索する動きが表面化してきました。
 ここでは、精神的豊かさを深める恵繊の在り方について、鎌倉時代の随筆『徒然草』の基準に示された「をかし」という情趣を例にとりながら考えてみたいと思います。137段では「花はさかりに、月はくまなきを見るものかは。雨にむかひて月をこひ、たれこめて春のゆくへ知らぬも、なほあはれに情けふかし」といって咲き始めた花と、散った花、木の間や雲間がくれの月をよしとする初め終わりの趣きを述べています。さらに一歩進めて「すべて月花をば目にて見るものかは」といい、見ぬ花、見ぬ月をよしとしています。これは内在する物事の本質を味わう精神であり、物を「よそながら見る=一歩離れて観る」という傍観的態度なのです。そして、「春家を立ち去らでも、月の夜はねやのうちながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ。よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまもなほざりなり。片田舎の人こそ、色こくよろづはもて興ずれ花のもとにはねぢより立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒のみ、連歌して、はては、大きなる枝、心なく折りとりぬ。泉には手足さしひたして、雪にはおりたちて跡つけなど、よろづの物、よそながめる事なし」とあります。
 価値ある物事を身近に所有せず、価値の本質は深く洞察し、それを距離をおいて予測し、その余韻をもって感度を昂めるという「をかし」にある美意識は、人と価値あるものとの距離感を感動の広がる域と位置づけ、価値の本質をより広い空間のなかで捉えようとする日本独特の情趣であるといえましょう。
 価値ある物を身近に所有し、日常的に精神的昂まりを得たいという欲求が、家の中に物の集積を招きました。真に豊かに暮らすため、「をかし」という日本古来の美意識を再考し、物を身近に所有せず、感動の時間的空間的広がりのなかで、価値の本質を楽しむという暮らしを試みてはいかがでしょうか。
                (おのでら・ゆうげん/彫刻家)

日時:6月18日(土)午後1時半〜
場所:生涯学習総合センター   シーノ大宮センタービル10階多目的ホール